予測社会の光と闇――自由意志は幻想となるのか?
※本記事はあくまで筆者の思想的・哲学的見解に基づく仮説であり、事実を断定するものではありません。
◆ ラプラスの悪魔とは何か?
「もし宇宙のすべての粒子の位置と運動量が分かれば、未来も過去も完全に予測できる」
――これがフランスの数学者ピエール=シモン・ラプラスが提示した“ラプラスの悪魔”の思想です。
かつてはこれは空想上の存在に過ぎませんでした。なぜなら、全情報をリアルタイムで把握・解析するには、不可能なほどの計算能力と情報収集力が必要だからです。
◆ ところが、現代はどうか?
- 私たちはスマホを持ち、位置情報、購買履歴、検索ワード、感情さえも「データ」として残すようになりました。
- AIはそのビッグデータを解析し、行動パターンや心理傾向を「予測」しはじめています。
- 「次にあなたが買うもの」「好きになりそうな人」「病気のリスク」さえも教えてくる世界になったのです。
これはまるで、**“現代のラプラスの悪魔”**ではないでしょうか?
◆ 予測がもたらす“安心”と“監視”
- 精度の高い予測は私たちの生活を快適にしてくれる反面、
- 「自由に選んだ」と思っていた行動が、実はアルゴリズムに誘導されていたとしたら…?
これでは、私たちの自由意志は**「あたかも自由に見えるもの」**に過ぎなくなるかもしれません。
◆ 未来はすでに「選ばれている」のか?
ビッグデータとAIは、未来を**「高確率で当てに行く」ことを目的とします。
しかしその「予測」が、逆に人々の選択を制限し、未来を固定化していく**可能性もあります。
- 広告によって「買いたい気にさせられる」
- 就職活動で「アルゴリズムが合否を判断する」
- 恋愛マッチングで「AIが“運命”を決める」
これらは、私たちが**“決めているようで、決めさせられている”**構造とも言えます。
つまり、これらのアルゴリズムを理解することができれば、そうなると決まっていた未来は“上書きできる可能性がある”ということです。
◆ それでも、私たちには“偶然”がある
量子力学が示したように、この世界は完全に決定論的ではないと分かってきました。
未来は「予測」できても「確定」するものではなく、最後に選択するのはやはり**“今ここにいる私たち”**です。
ラプラスの悪魔が目を光らせていたとしても、
その目の前で「想定外の選択」をする自由が、私たちの最後の砦なのかもしれません。
AIがわからないこと、それは“NOW”です。
“NOW”な“Matching”こそが“偶然”であり、“必然”であり、【因果論】かもしれませんね。

