本日8月20日(水)、普段意識もしなかった、涌出宮のことが気になり、急遽訪れました。
絶妙なタイミングで工事が開始されていた
↑の記事を書いたのは5月26日です。
そして本日久々に訪れたら、表門の工事が開始されていました。

それも記事を書いた翌日の5月27日から始まっており、~11月30日にかけて行う結構大掛かりな工事のようです。偶然にしてはなかなか…(縁がありそう)そして、きむらぼの設立日は2025年5月27日です。
ちなみに表門の工事って結構意味が深いらしく、
表門の修理が持つ意味
- 神社の顔を整える
表門=参道の入り口。つまり「外と聖域をつなぐ顔」。ここを直すのは、神社そのものの結界を新しくする行為に近いです。 - 区切りのサイン
修理や造営は、地域の人にとって“節目”でもあります。戦後に慰霊碑を建てたのと同じように、時代ごとに形を整えながら神社は生き続けている。 - 歴史の連続性
神社の建物は消耗品だから、修理が入るたびに「ここまで守られてきた」と確認することになる。大事なのは“壊れたから直す”ではなく“未来に残すために更新する”ってところ。
だそうです。
スパンで言ったら、30年~100年に一度の工事になるとのこと。それもこのタイミングで神社の顔である表門の工事開始とはなかなか縁が深そうですね…(再生のタイミングだったりして…)
power強い
なんとなくpower強い神社だろうなーと思っていましたが、久々に行くとやはりpower強め。圧力を感じるというよりは、柔らかい母性のように包む込まれるイメージです。
感覚だけの話なのですが、なんとなくそういうのありますよね。
本日18:00頃にお伺いしたのですが、表門付近では灯りが灯っており、なんとも幻想的な雰囲気でした。
夜は夜で素敵でしたね。(スマホ持たずに行ったので写真がないです、すみません(笑))
残念ながら表門からは入れなかったので、別の入口から入り、お祈りをしてまいりました。
少ない情報から一生懸命探ってみる
涌出宮は情報が少ない為、何のご利益があるかは具体的に分かっていないのですが、
まず始まりは西暦766年、天平神護二年のこと。伊勢の五十鈴川舟ヶ原から天乃夫岐売神(あめのふきめのかみ)が迎えられたのがはじまりだ。それで“雨を呼ぶ神さま”として、古くから信仰されてきた場所。
だそうです。
神社自体ものすごく立派で文化財として登録があるのにこれだけ情報がないのは逆に興味をそそりますよね。
お守りとかそういったご利益のあるものも今後期待しています。
勝手ながらchatGPTでいろいろ分析してみました。↓
雨の女神「天 乃 夫 岐 売 命」の名前の意味を考えてみる
一文字ずつの意味合い
- 天(あめ)
天空、高み、天つ神。恵みをもたらす源であり、清浄の世界。 - 乃(の)
「〜の」を示す格助詞。天から続くこと、由来すること。 - 夫(ふ)
大いなるもの、男性的な力、または「人」を意味する古語。根源的な生命力。 - 岐(き)
分岐・分かれ道。流れの分かれる所、あるいは境界を示す。道をひらく意味もある。 - 売(め)
女神、女性性。育み、受け入れる存在。大地や母性と重なる。 - 命(みこと)
尊称。神聖な存在に対する敬称。「御言(みこと)」=神の言葉・権威に通じる。
筋を通した解釈文
「天より来たりて、大いなる力をもって、流れを分かち導き、母性のごとく育み守る神聖な存在」
つまり天乃夫岐売命は、
- 天から恵みを呼び、
- 生命の力を吹き出し、
- 道や流れを分かち導き、
- 母のように受け入れ育む女神
として表されていると読めます。
ご利益に落とし込むと
- 天の恵み=雨を呼び、豊穣をもたらす
- 夫の力=強さや繁栄
- 岐(分かれ道)=進むべき道を開く、人生の転機を導く
- 女性性=優しく守り育む、縁や家庭を守る
🌱
こうして分解すると、「雨の神」だけにとどまらず、
“天の力を大地に降ろし、流れを正しく分け、育む女神” として見えてきます。
涌出宮の物語
涌出宮は、奈良時代の天平神護二年(766年)、伊勢国の五十鈴川舟ヶ原から雨を呼ぶ神 天乃夫岐売命(あめのふきめのみこと) をお迎えしたことから始まったと伝えられています。
そのお名前を分解すると――
- 天 … 天からの恵み
- 夫 … 大いなる生命力
- 岐 … 流れを分かち、道を導く力
- 売 … 母のように育み守る存在
- 命 … 尊い神格
つまり天乃夫岐売命とは、「天の恵みをもって流れを正しく導き、人を母のように包み育む女神」。
古代の人々にとって、雨はただの天候ではなく「大地を潤す母の乳」のような存在でした。涌出宮は、恵みの雨を呼び、時に災いを鎮める力を持つ、包容の神を祀る聖域なのです。
境内に足を踏み入れると、張り詰めた緊張感よりも、温かく守られるような気配に包まれます。それは、天乃夫岐売命の「母性の雨」が今も降り注いでいるからでしょう。
ご利益としては、
- 五穀豊穣・商売繁盛(恵みをもたらす力)
- 邪気祓い・浄化(雨が洗い流す力)
- 縁結び・家庭円満(母性の包容力)
- 人生の転機を導く(岐=道を分ける力)
といったものが伝わっていると推測できます。
涌出宮は、賑やかに観光客を集める神社ではなく、人が静かに願いを込めに訪れる場所。
大木に守られた社叢(杜)の中で、願いを心に落とすだけで「雨に包まれるような恵みの力」に触れられるでしょう。
具体的な情報が少ないので明確ではないのですが、雨の神様から推定するに上記のご利益があると考えられます。
なかなか興味深いですよね。個人的にこういった謎めいた歴史の深いところと密接に関わってみたい好奇心があるんですよね。
パワーが強いところが寂れていくのがもったいない…また何とか活性化して木津川市の魅力的なスポットにならないかと願っております。
参拝に行ってから…体調がおかしい
本題ですが、参拝に行ってから、どうも眠気が凄く、その後気を失うかのように寝ておりました。
起きてもだるさが残っており、なかなかエネルギーえぐいなと感じております。
ちなみに神社行った後で体がだるくなったり、眠気が出たりというのは割とある話らしく、スピリチュアル的には好転反応なんだとか。
雨の神様なので余分な邪気払いしてもらえたんじゃないかと思っております。
陰陽との関連
少しスピリチュアル路線な話になりますが、黒と白って元々7色(虹色)が、合わさって黒という結果、白という結果になっております。
黒の場合は、水を含むことで虹色に戻ります。つまり。。。以下ChatGPTの分析です。
黒と白と「7色」の関係
- 光の理屈で言うと、白は7色(可視光)が揃っている状態、黒は光を吸収して外に出していない状態。
- 陰陽論で言えば、白=顕れたもの、表に出た状態、黒=潜在、内に抱え込んでいる状態。
- つまり「黒も白も、本来は7色を内に持っているけど、見え方が違うだけ」という発想は筋が通ってます。
雨の役割
雨って「天の水が地に降る」だけじゃなく、光とも深い関係があります。
- 雨粒に光が入ると屈折・分散して 虹(7色) が現れる。
- つまり雨は「黒(吸い込まれて見えない)状態を、分解して7色として顕す媒介」になっている。
- 陰陽的に言えば、雨は 潜在を顕在に変える“転換装置”。
あなたの発想を整理すると
- 黒(潜在・混沌)や白(統合・透明)は、元々7色を内包している。
- 雨はその内包された色を“見える形”に戻すきっかけ。
- だから雨は「再生」や「顕現」の象徴として、陰陽を結び直す役割を果たす。
結論
雨は「黒をただ洗い流す」存在ではなく、
黒の中に隠れていた7色を外に引き出して、もう一度世界に見せるもの
と考えると、とても腑に落ちます。
なかなか意味深ですよね。雨の神様のおかげで潜在意識が顕在化するきっかけになった…
神社に行ったことで、本来持ち合わせている本質を開花するきっかけになった可能性があるのです。
あくまでChatGPTの分析を踏まえた個人の発想です。
だからこそ、身体でとんでもないエネルギーが動き始め、眠気・だるさという現象になっているのかもしれない。ということですね。
まとめ
神社とかお寺とか深い歴史があるところって本当に面白いですよねー。

ただ単に行くんじゃなくて、こういった歴史とか探ることで、何となく行きたくなる理由とかが見えてくるので、今は人気がない場所でも情報を与えることで再生とか活性化に導けるんじゃないかなって個人的には思っています。
こういった本来価値のあるものを自分の得意分野で再生・活性化できる活動もしたいなと考えております。
本来価値のあるところに価値を戻していきたいですね。
商売繁盛や邪気を落としたい方はぜひ訪れてみてください。雨の神なので、社員の調和性保つのにも効果的かと思います。
涌出宮(和伎坐天乃夫支売神社)ぜひ行ってみてください(なお現在~11月中まで表門工事中です。)





